2012年09月09日

適塾 緒方洪庵

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先月、大阪へ行った際に訪れた適塾について少し話そうと思います。

全く丸政さんとは関係なくて、ただの私の趣味で申し訳ないのですが、たまにはいいでしょうか?

ここ適塾は以前のまま残っているという大変珍しい貴重な場所です。
場所は大阪のど真ん中といってもいいところで、船場北浜、御堂筋のすぐ裏手、
周りは近代的なビル郡の真ん中、探している私もこんなところにあるの?
と思ったほどでした。

太平洋戦争の大空襲でも戦火を逃れた奇跡的な建造物です。
建造物といっても当時としては質素なつくりです。

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緒方洪庵、文化7年7月4日(1810年8月13日)〜文久3年6月10日(1863年7月25日)、
武士(足守藩)であり、医者であり、蘭学者であった緒方洪庵の号は適適斎
それゆえ適適斎塾や適塾と呼ばれていました。

意味が格好いいです。
「おのれの心に適(かな)うところを楽しむ」という意味らしい。


明治維新の約30年前、天保9年(1838年)29歳の時に開き、53歳までの約24年間務めていました。

長州の吉田松陰の松下村塾は思想を教えていましたが、この適塾は語学、特に蘭学の学び舎だったそうです。
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すごいのはここから輩出された塾生たちです。

長州の村田蔵六こと大村益次郎、福井の橋本左内、学問のすすめの福沢諭吉とそうそうたるメンバーです。
日本全国からここに勉強しに来ていました。
その時東北の一藩だけ来てない藩がありましたが、忘れてしまいました。

この適塾には入館することができます。
中庭があり、風がよく通り涼しい。割と質素な感じです。
二階があります。かなり急な階段です。

上がると広くなっており、きっとここで大村益次郎や橋本左内も学んだのでしょう。
室内は写真を撮れないので外ばかりですけど実際にいたことを思うと感慨深いものがあります。

大村益次郎など明治維新になくてはならなかった人物、福澤諭吉も近代化の旗印のような人物です。
きっとこの柱触ったのかななんて思ったりして私も触ってみました。

このような建造物が残っていることは本当に我々の財産だと思います。
大切にしていきたいと思います。

おいしい中華ドットコム

駅弁の丸政オフィシャルサイト


posted by まるさん at 15:08| Comment(3) | 管理人日記
この記事へのコメント
歴史を感じさせます。
いい名所を訪れたのですね。
私もこの建物の中に入りたいです。
Posted by のび太 at 2012年09月10日 07:50
緒方洪庵といえば・・・

TBSのドラマで「JIN」に出てましたね☆
幕末は良いですよね〜!
Posted by ゆづ at 2012年09月10日 08:18
ぜひ大阪に行く際は立ち寄ってみてください。
場所は難しくないと思いますよ。
内部に入り、当時を感じてみてはいかがでしょうか?

緒方洪庵さんは医師ですしね、しかも天然痘に尽力を尽くしています。伝染病のワクチン開発にもチャレンジしています。ワクチンの概念がなく免疫ということを体で感じていたようですよ。
JINは面白かったですよね。
Posted by まるさん at 2012年09月10日 11:05
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