2012年07月16日

R140の旅

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雁坂トンネルの途中で県境を迎えて、出てくると武州の埼玉県西部となる。
そこで地図上に出会いの丘なる場所を発見。
なんか出会いがあるかと言ってみましたが、
特になく風景を堪能しました。

埼玉県側と山梨県側両方で出会うという意味なのでしょうか?
出てきたトンネルが見れます。

さらに進むとimage/2012-07-16T11:44:20-5.jpg

またしても関所を発見。
こちらは埼玉側のものです。
栃本関跡。

江戸幕府は関東への「入り鉄砲」と関東からの「出女」を取り締まるために故小野街道に関所を設けました。中山道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を取り調べるために設けました。
その位置は、信州路と甲州路の分岐点にあります。

甲斐の武田氏が秩父に進出した時に関所を置き、山中氏を任じましたが、徳川氏の関東入国以降、
天領となり、1614年大村氏を藩士に任じました。その後は幕末まで続いたそうです。

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役宅は文政元年(1818年)と文政六年(1823年)の2度の焼失にがありました。
火事ってやつですね。
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ただ今修復中ですが、現在の建物は幕末に作られたものだそうです。
意外と年代ものなんです。

この埼玉側の関所の印を山梨側に提出しなくては通してくれなかったそうです。
これで前回の関所とつながりました。
かなり厳しかったんですね。

関所の目の前の国道です。
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おいおい国道かよ!

我が家の前の道の方が大きいよ。
もうちょっと先はこんな感じ
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これでも立派に国道マークがありました。
今は立派な道がバイパスとして別ルートであります。
そちらは帰りに通ることにして、
この田舎道のような国道を進みます。でもこの道、道百選に選ばれているポイントがあります。
昔ながらの道なんです。

さらに進みますとimage/2012-07-16T11:44:20-8.jpg
またまた湖に到着。人造湖ですけどね。もちろんダム付です。
秩父市大滝地区にあるその名も秩父湖です。
1962年(昭和37年)荒川本流と支流の大洞川(おおぼら)の合流点に作られたダムです。
面積0.76平方キロメートル、総貯水量2690万立法メートルです。
あまりピンときませんね。
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ダムっぽい感じの橋のようなものが見れますか?
あれは向こう側に渡れる橋にもなっています。

今回は山梨県を渡って結構進みました。人にはほとんど会わずに、猿と会った感じです。
次は秩父駅周辺に進みたいと思います。

おいしい中華ドットコム

駅弁の丸政オフィシャルサイト
posted by まるさん at 12:36| Comment(2) | 管理人日記
この記事へのコメント
私はまだこうした関所へ
訪れたことがありません。
読みながら日本史の勉強に
なりました。
また紹介してください。
Posted by のび太 at 2012年07月16日 17:33
旅行している感じになれば幸いです。
じっくり書いていないので、読み返すと
つまんないかもしれないですね。
もっと面白おかしく文章書けるように勉強いたします。
でもまだまだおつきあいくださいませ。
Posted by まるさん at 2012年07月16日 17:47
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