2012年03月15日

油屋旅館

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ここは富士見の駅近くの油屋旅館です。
外観は特に趣があります。

明治31年、東京では正岡子規による単価革命がおこり、子規没後は伊藤左千夫によって継承され、雑誌「馬酔木」「アカネ」「阿羅々木」などが次々と観光されました。同じころ、諏訪では島木赤彦を中心とする短歌活動が活発かし、同人誌「比牟呂」が刊行された。37年に伊藤左千夫が上諏訪布半短歌会に出席して以来、二人は志を通じ交友を重ねた。41年、ここ富士見の油屋旅館にて短歌会が左千夫ほか阿羅々木の同人たちが出席したのを契機に機運が高まり、翌年、両誌は合同して「アララギ」と改めました。左千夫が主催することになり、この富士見は「アララギ」にとっての記念すべき地となりました。

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多分当時の佇まいのままなのではないかと思います。
学生時代にアララギ派という言葉はよく聞きました。
伊藤左千夫と言えばホトトギスに発表された野菊の墓、しかも若かりし頃の松田聖子が主演した映画なんて思い出だします。
その伊藤左千夫率いる文人たちがここの今ではひっそりの油屋旅館に集まって短歌会を行っていたと思うとかなり厚みを感じます。

富士見駅をでてすぐに左折し、歩いて1分でこの旅館が現れます。
おいしい中華ドットコム

駅弁の丸政オフィシャルサイト
posted by まるさん at 08:48| Comment(2) | 管理人日記
この記事へのコメント
短歌の会があったとは
驚きました。アララギ派という
言葉を聞いて文学史の授業を
思い出しました。(笑)
Posted by のび太 at 2012年03月15日 18:46
私もこの八ヶ岳山麓の信州のはじっこにアララギ派の痕跡を発見しようとは思いませんでした。以前富士見高原病院の紹介で少しかじりましたが、このあたりは文人の愛した地域です。
Posted by まるさん at 2012年03月16日 01:38
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